2011年4月30日土曜日

霞ヶ浦

今日は、我が「りんりん倶楽部」のTCRさんと霞ヶ浦一周のロングライドトレーニング。

スタミナ不足を痛感したので、りんりん倶楽部 ロングライドチームの主砲、TCRさんにお願いして、ナビゲートしてもらいました。

久しぶりに見る雄大な霞ヶ浦に感動。たまにはこんな平地トレーニングもいいものですね。

朝6:45に霞ヶ浦総合公園駐車場に到着。


久しぶりのTCRさんとのトレーニングで話が弾み、出発は7:30。
もっとも、待ち合わせは7:30だったのですが。
二人ともせっかちなもので・・・・。

TCRさん。
ロングが強いです。最後までスピードが落ちません。今日はフトコロを借りるつもりでトレーニング。


霞ヶ浦の湖岸道路は、本当に気持ち良く、春の田園風景の中を快調に進みます。
今日は、絶対オーバーペースにはならない、我慢のトレーニングのつもりだったのですが、気が付くとだいぶ速度を上げてしまっています。

驚いたのは、震災の影響で、南下するほど道路の亀裂・段差があちこちに発生しており、また、瓦が落ちた家々が屋根をブルーシートで覆っていました。

霞ヶ浦湖岸の集落は、大変立派な古い屋敷が多く、とても情緒ある所だけに、心が痛みました。

後ろの木は、水生植物でもないのに、水中から生えていて、毎年成長しているらしいです。(震災とは関係ありません。)


中間地点あたりの天王崎公園。
途中のコンビニで買ったおにぎりで補給。
(実は、ビールも飲みました。ノンアルコールでないヤツ。)



霞ヶ浦、広い!
記憶に間違い無ければ、日本で二番目に大きい湖です。


鯉のぼり。
最近、都心ではめっきり見なくなりました。


で、道の駅たまつくりに到着。
「た・ま・つ・く・り」 ですよ。 なんとも良い語感じゃありませんか。


ここで、おにぎり一つ、焼きソバ、フランクソーセージ、大判焼きを食しました。
オレって、何でこんなに燃費が悪いんだろう。

これから。この橋を渡ります。 霞ヶ浦大橋。
私が26、7の頃、茨城で仕事をしていた時にできた橋です。
当時は、行方方面と土浦がこの橋ができたことにより、飛躍的に近くなった事を覚えています。

ちなみに、「行方」は、「なめかた」と読みます。 「な・め・か・た」 これもなんとなく良い語感です。


ここからが、結構キツかった。
半端じゃない向かい風。

平地でヒルクラのトレーニングしている感じ。

結構必死で土浦市街を抜けて、出発地の霞ヶ浦総合公園へ。
約90キロの行程でした。


坂ばかり上がっていないで、たまにはこんなトレーニングも良いですね。
良い気分転換と刺激になりました。

楽しかったな。

2011年4月26日火曜日

収納

大事な自転車、当然室内保管ですね。

狭い自分の部屋にどうやって自転車2台を入れるか、ずいぶん悩みました。

考え抜いた末、自転車と自転車用具を横90cm、縦45cmのスペースに収める方法を編み出しました。

メタルラック!
Cannondale CAAD9が縦に入ってます。


ホームセンターで約10,000円で購入。
高さ210cm、横90cm、奥行き45cmのメタルラック。
ここにCannondale CAAD9とすべての自転車用具が納まっています。



まず、上。
青い大きなバッグに、ジャージをはじめ、レーパン等の衣類が入っています。
レース等の遠征時には、車にこの大きなバッグごと放り込んで行きます。何でも入ってます。

真ん中。
シューズ、サドル、奥には練習用ホイールがS字フックでぶら下がっています。
加工用の金ノコなんかもあります。
(さりげなく、ブルックスのサドル、サンマルコのロールス、そして30年前のランドナーの水筒ボトルが掛かってます。)


下。
工具ケース、ポンプ、固定ローラー、ローラー用ホイール、ヘルメットがぶら下がっています。


そして、真田幸村号は、出窓に鎮座。


とてもコンパクトに収納できました。

3年前からこの収納方法です。

2011年4月22日金曜日

今後のために

草津の後、ようやく落車で痛めた腰、ふくらはぎが元にもどりつつあります。

しばらくは思い出したくありませんでしたが、今後のために、忘れないうちにレース中の状態を記録しておきます。

今の気持ちとしては、「ツールマレーとかラルプデュエズじゃあるまいし、たかだか草津でこの体たらくかよ!」

という感じです。

それでは・・・・・・・。
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第二グループの最前線からのスタート。
 
絶好の天気。
草津は13キロと短いので、軽量化のため、いつもの工具ボトルも、ウオーターボトルさえも持たないでスタート。
 
スタート直後から絶好調。中間地点の殺生河原までは先行者を抜きまくり。それでも若干力を抑えている感覚があり、殺生河原を過ぎてもしばらくはその状態が続いていた。
殺生河原までは、時速14キロ~19キロの間くらいで推移。

 今日は行けるんじゃないの?とそんな感覚。

いろいろな想いが頭をよぎり、振り払うため、さらにスピードアップ。

違和感を覚えたのは、残り5キロを過ぎた地点。
傾斜はそれほどキツくないのに、今までのスピードが全く維持できなくなっている事に気付く。
時速が一桁、9キロ前後となる。

脚に乳酸がたまった感じがあり、全く脚が回らない状態。
口の中がカラカラに乾いてくっつく感じ。でも、ボトルは無し。
1キロくらいは頑張ったが、すでに時速は6キロ前後。
5キロでも6キロでも良いから、なんとかゴールまでこのまま頑張ろうと思い、下ハンを握って必死に進む。

しかし、ゴールまで3キロ強のところでついに限界。堪らず足つき。
張り詰めていた心の糸が切れたような感じ。

なんとか走り出した後、全身に力が入らず、ハンガーノック状態。
まわりの景色の色がだんだん抜けていくような感覚、視野が狭くなっていくような感覚が襲ってきたと思ったら、意識が遠のき、止まろうとしてクリートをうまく外せず?、走り出そうとしてうまくはまらず?(どちらだか覚えていない。)立ちゴケ。

しばらく仰向けで目を閉じていると、妙な幸福感で、すさまじい睡魔が襲って来る。
レース中に眠った(1、2分と思いますが)のは、当たり前だが、始めてだった。
案の定、KJTが。「どうしたんですか~。」と言いながら目の前を通過。
なんか、去年もこんな事があったような・・・・・・。

通り過ぎて行く選手の皆様から、「大丈夫?」「頑張れ!」とたくさん声をかけて頂き、起き上がってようやくサドルに跨る。
しかし、もう無理。眠いし、脚が動かないし。

すこし進んでは立ち止まり、を繰り返す。
「この辺って、普通ならゴール前のアタック区間じゃないか・・・・・。オレ、何やってんだ?」と朦朧とした頭で考える。
情け無い、という意識すらなくなっている。

ようやくゴール。もう動けない。
ひっくり返って、しばらく立ち上がれなかった。

這うようにして、自分のザックを回収に行き、中に入っていたパンとゼリーを貪るように食べる。
ようやくレストハウスの二階に相棒のKJTの姿を見つけたので、大声で呼んで、事情を説明して飲み物を買ってきてもらう。

KJTには、先に下山してもらい、私は足を引きずり、レストハウスの中へ。

無料ココアを頂き、飲み物とパンを二つ買い、また貪るように食べる。

その後、だいぶ人が少なくなってからの下山。
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後日、ネット上でリザルト確認。
                 1:19:38・・・・・・・・・。(見なければ良かった。)

2011年4月17日日曜日

ツール・ド・草津 報告

結果はともあれ、報告です。

9時に自宅出発。
渋川榛名で高速を降りるはずが、なぜか沼田まで。この辺からちょっとおかしかったな。(今年で4回目なのに)

でも、天気は上々。

草津道路に入ると、自転車積んだ車ばかりで、モチベーションが上がります。


受付会場に13:10到着。殺生河原まで試走することに。
相棒KJTの勇姿。


殺生河原に上がった私の勇姿。(この時は絶好調だったのに・・・・・。)


下山途中の草津の街並み。


コイツといつも一緒。


湯畑。このあと、22:00まで居酒屋でKJTと酒盛り。


で、今日の宿、道の駅「草津運動茶屋公園」(車中泊)


レース当日、快晴、無風、暖かい。最高のコンディション。(なのに・・・・。)


この人数!


MC絹代さん。

で、スタート。 競技中の写真は無し。

で、傷心の下山。


くやしいな。



※レース前日、湯畑で酒飲んでいる時に、携帯に悲しい知らせが入りました。
 人間は、生きていてこそ輝けるんじゃないですか。
 生きて、生きてさえいれば・・・・・・・・・。

玉砕

ツール・ド・草津、終わりました。

結果?

私の競技人生(ほんの5年ですが)で最悪の結果でした。

ゴール前4キロでハンガーノック、視野狭窄、意識朦朧状態で落車。stop and goを繰り返し、死にそうな思いでゴール。
しばらく立ち上がれませんでした。

こんな情けない姿、参加者2,800人中、オレくらいじゃないの?

タイムなんて、見る気もしません。

自転車、辞めようと思いました。

原因その一。
酒、飲み過ぎ(と思いたい)
レースの週に徹夜飲み1回、半徹夜飲み1回の翌日、さらに飲み、会場到着後レース前夜に生ビールと日本酒3合。

原因その二。
レースの朝の朝飯のおにぎりが無かった(と思いたい)
コロッケパン1個と魚肉ソーセージ1本。

原因その三。
人間ドックの結果、CK値が異常に高かったから(と思いたい)
ちなみに、CK値って、筋肉の酷使で、筋肉がボロボロ状態の時とかに高い数値になるらしい。
私の場合、正常値の33倍でした。

オレ、どうしたんだろう・・・・・・・・。



6月12日のMt.富士ヒルクライム、6月19日のツール・ド・美ヶ原で結果を出せなかったら、タダのジジイに成り下がります。自転車辞めます。(酒やめるのと、自転車やめるのと、どっちがつらいかな。)

写真付き報告は後ほど。

2011年4月16日土曜日

いよいよ!

シーズン初戦、ツール・ド・草津に行ってまいります。

天気も良さそうなので、思いっきり走ってきます、と言いたいのですが、今週一週間、火曜日には一緒に草津に行く自転車部のKJTと徹夜で酒飲んで、木曜日は、中学高校のスキー部のOB会打ち合わせで目いっぱいはしゃいで、午前様。

で、今日は、帰り際、SUGI様の子犬のような目付に負けて軽く一杯のつもりが・・・・・・。

帰宅後にあわてて遠征準備。


どうなるんだ、オレ。

2011年4月10日日曜日

ツール・ド・草津

4月16日、17日のツール・ド・草津の参加案内書が届いていました。
エントリーNo.2034。

ツール・ド・草津は私が始めて出場したヒルクライムレースです。
記録は、
2008年 Cクラス(まだ40代でした。) 1:03:31 クラス別順位は367人中235位
2009年 Dクラス(50代突入!)    0:57:59 クラス別順位は208人中75位
2010年 Dクラス             0:58:50 クラス別順位は205人中55位 

昨年は、前日まで雪が降っていて、大変な強風の中でのレースでした。
ヒルクライムでの強烈な向かい風は、死にそうでした。
今年は、昨年までと違って、シーズンオフも結構トレーニングをしていたんで、余裕かな、と思っていたのですが、3月11日の震災で一気にモチベーションが下がってしまい、2月の末から自転車に乗っていません。

どうなることやら・・・・・・。

まあ、草津だし、シーズン初戦だし、温泉入って、酒飲んで、いつも通り二日酔いでスタート、という流れは変わりそうもないので、前日に少し早く草津入りして、殺生河原まで何往復かトレーニングして、お茶を濁すことにします。

今年は、ゼッケンに東北地方の震災に遭われた皆様にメッセージを書く欄があるようです。

この震災で、多くの命が奪われ、多くの苦しみと悲しみが生まれました。
何かをしたいのですが、何かを伝えたいのですが、言葉さえ見つかりません。

せめて、一言、今の想いをゼッケンに乗せて、また今年も白根に上がります。

共に生きる、すべての仲間に大きな力が生まれますように。